■ 電力計(のようなもの)


 [2009/03/29] Nishimura Hiromi


 最近、ハードを作っていないので何か作ってみる事に。Webページを眺めていたら趣味の小部屋小電力計の製作なる記事が。これまで色々計測用の小物を作ってきたが電力計は作った事が無い。何故かと言えば過去に乗算回路で失敗した経験があったからです。

 この記事を読んでいたら乗算回路のICがあるとの事。乗算回路で悩まなくて済むようになったんだな〜と思いました。でも配 線図はあっても肝心の回路図が公開されていないようで、どのような回路構成で乗算器を使っているか不明。で、記事を読むと電流の検出にカレント・コイルを 使用しているとの事。これでは直流回路の電力計測は無理のようです。どちらかと言うと私が作る回路やデバイスの消費電力や電力の波形が見たいの で.........


● ホール素子とトロダイルコアで乗算器を!


 この週末に電力計を作ってみよと思ったのですが肝心の乗算器ICがありません。秋田の電気屋に乗算器ICを置いている訳は無く、注文するにしても間に合わない。またトランジスタ+オペアンプで乗算回路を作る気は全く無し。それに小電力計の製作の 記事を読むとページの内容を流用してはいけないと書いてます(じゃ何の為にWebページを書いているのでしょうか?)。そんな訳で同じ回路・形式で電力計 を作るのは躊躇。それに交流回路しか計測できないは私の目的(試験回路の電力計測)に合わないので別の方法を考える事に。


 今回はホール素子を使って乗算回路を組むことに。原理は非常に簡単で、磁界Bの中のホール素子はホール素子の電流 IIN に対し下記式で示す出力電圧 VH が得られます。


VH = K• IIN•B

memoPicture001.jpg


 ここで磁界Bを回路に流れる電流と考えると出力電圧 VH は乗算結果になります。このとき回路に加わる電圧に比例した電流 IIN でホール素子を駆動します。要は上記式の IIN•B を利用し乗算器にする方法です。


memoPicture002.jpg

左:ホール素子(THS126)、右:空隙を作ったトロダイルコア

空隙はミニルーターに付けた切断用砥石円盤で行います。

memoPicture003.jpg

トロダイルコアにホール素子を取付けた様子

トロダイルコアには電流検出用のコイルを巻く

ホール素子とコイルはエポキシ接着剤で固定

このトロダイルコアは磁化されやすく残留磁気があるため実際には使用していない。


● 回路図

memoPicture004.jpg

 電源には単四電池二本から HT7750A で作った5Vを使う(PFMステップアップDC-DCコンバータ)。 オペアンプ用の負電源は LMC555 で作っている。OPA177 はオフセット調節ができるものを選定したのであってオフセット調節が出来るなら何でも良い。自分で計測アンプを作る気はないので INA128 を使用している。INA128は便利なアンプですが少々高価なのが難点。同じ機能を持つ LT1167 が半分の値段で売っているので、こちらのほうが良いかも。


 この回路図でちょっと変なのは 1MΩの VR-D です。これはホール素子の不平衡電圧をキャンセルするためのもの。回路に電圧がかかっていても電流が流れていないとき出力をゼロボルト(ゼロワット)にす るための調節用です。本格的な電力計を作る場合にはチョッパーで不平衡電圧をキャンセルするようにして下さい。

memoPicture005.jpg

計測時の回路構成

 トロダイルコアに巻いたコイルの向きが気になるかもしれませんが心配いりません。出力が正になるよう接続して下さい。ト ロダイルコアにホール素子を挟むとホール素子のピン番号が判らなくなってしまうことがあります。どちら向きでも左から 1,2,3,4 としても問題ないようです(本当かな?)。ホール素子の不平衡電位がプラスではなくマイナスの時、上記回路で不平衡電位を補正する事ができません。そのと きはホール素子をの端子を反転し不平衡電位がプラスになるようにして下さい。


 私は電源に HT7750A を使う事を想定したため +5V となっている。そのため計測範囲が狭くなっている(信号電圧が 10V のときホール素子には 0.3mA 程度しか流れない設計になっている)。計測範囲を広げるには電源を最初から±15Vとしたほうが良いかもしれない。


● 調整方法


 本回路の調整方法を説明します。トリマー抵抗が4個もあるので少々面倒です。基本は回路電圧がゼロボルトの時や回路電流がゼロアンペアのとき出力がゼロワットになるよう調整する事です。


(1)ホール素子駆動電流のオフセット調節

 Vin を GND に落としコイルに電流を流さない状態で A 点の電圧がゼロボルトになるよう VR-A を調節する。


(2)出力オフセットの調節

 Vin を GND に落とし Vout がゼロボルトになるよう VR-C を調節する。このとき VR-D は最大にしておく(一番最初の時だけ。繰り返し時は前の状態から行う)。


(3)ゲインの調節

 Vin を正確な 10V に接続し、また検出コイルに100Ωの抵抗を接続。Vout が 1V (1W/V)になるよう VR-B を調節する。


(4)ホール素子不平衡電圧の調節

 Vin を正確な 10V に接続し、また検出コイルに100Ωの抵抗を接続しない。Vout が 0V になるよう VR-D を調節する。


(5)繰り返し

 (3)でゲインを調節すると出力オフセットが変化するので(2)〜(4)を繰り返す。電力は電圧に電流を乗算したもので ある。よって一方がゼロのとき出力もゼロにならなければならない。Vin に電圧がかかっている状態でコイルに電流が流れていないとき、および Vin が 0V でコイルに電流が流れているとき出力が 0V になるよう注意すること。


● ホール素子の不平衡電位


 THS126 は不平衡電位の小さな素子のようですが、それでも数百倍に増幅すると数mVの電位が生じます。この電位はホール素子の駆動電流に比例する性質があります。 そこで A 点から抵抗を介し終段の増幅回路にて補正するようにしている。これで大丈夫なのかは不明だが、少なくても計算通りの電力値が出力されるので大丈夫であろ う。この VR-D はホール素子によって異なるので注意が必要。私が使ったホール素子では 350KΩ 程度だったので 300KΩ + 100KΩVR にて調節している。


 トロダイルコアの方向を変えると変化するので地磁気か机周りの磁場の影響があるのかもしれません。本格的な電力計を作るならチョッパー式にし不平衡電位を取り除くのが良いと思う(私はそこまでするつもりは無い)。


● トロダイルコア


 トロダイルコアの中には残留磁気を持つものや急激な突入電流(特に大容量の電解コンデンサー)で磁化されるものがある。 色々と試してみることをおすすめする。私が使用したのはスイッチング電源に使われていたトロダイルコアである(確か iMac の電源部に使われていたコア)。このコアは残留磁気や着磁されにくいものであった。トロダイルコアのチェック方法として空隙を作ったトロダイルコアに磁力計を挿入し磁気が残っているかどうか、また強力な磁石(例えばネオジウム磁石)を近づけ離しても磁力が残っていれば着磁されやすいもの、使えないことが判ります。


● 直流・交流の電力計測


 回路図を見てわかるよう試験回路に流れる電流と電圧の乗算により電力を求めています。よって本電力計は直交流の電力計測ができます。下記は乗算回路を確認するため抵抗とコンデンサーに交流電圧を加えた時の波形です。


memoPicture006.jpg

 青が負荷電圧波形、赤が抵抗負荷の消費電力波形である。

奇麗?な二乗波形になっている。

memoPicture007.jpg

 青が負荷電圧波形、赤がコンデンサーの消費電力波形である。

コンデンサー負荷の場合の消費電力波形である。

平均がゼロなのでコンデンサーは電力を消費しないようだ。

でも何故か電力波形が奇麗な正弦波になっていない(何故だろう?)。


● 計測試験中の様子

memoPicture008.jpg

100Ωの抵抗に 10V の電圧を加えている様子


 正確に1Wにならないのは電源電圧が正確に 10V でないことと抵抗値が正確に 100Ωではないため(計算上は合っている、というか合うよう校正している)。下に見えるワニ口クリップが回路電源である。乗算回路なので極性を反転させても計測値は同じ。


● 内部の様子

memoPicture009.jpg


 電源に単四電池二本を使用し HT7750A にて5Vに昇圧している。調整用トリマー抵抗が4個もある(この調整が結構面倒)。乗算器用のトロダイルコアは比較的大きい方が良いようだ。使用している トロダイルコアは確かiMacの電源部に使われていたトロダイルコアで、何故か着磁されても残留磁気が数秒で消えるという面白い性質を持つコアであった。 探せば乗算器用に最適なコアがあるのではと思う。


● 感想


 ホール素子とトロダイルコアで高精度(たぶん)の乗算器ができます。面白いと思いませんか? 今回の一番の目的はトロダ イルコアとホール素子で乗算器を作る事。その応用としての電力計。今回は私がいつも作る回路やデバイス用なので計測範囲は回路電源を 0〜20V、2WでmW単位の分解能にしました(少々特殊か?)。Vin の分圧抵抗を変更する事で 100V の家電製品の消費電力計測用に改造する事は容易だと思います。

 なお、トロダイルコアとホール素子で乗算器を作るアイデアは松井邦彦著「センサ活用141の実践ノウハウ」(CQ出版)のP146〜149 を参考にしました。