金 属探知機(Pulse Induction Metal Detector)


[2007/08/19]


 久々の書込みです、また半年ぶりですね。今回は 金属探知機の話を紹介したいと思います。今メインにしている仕事は輸液流量を計測するセンサー(毎時1ml程度で分解 能が毎時 0.001〜0.01ml)の開発です。流量センサーの方は何とか完成し、実際に手術場で使えるか試すことになりました(ノイズの影響をみるため)。そんな理由で何年かぶり、 久々に手術に立ち会うことに。そこで目にした面白い出来事から始まった苦労が今日のメインテーマです。

 その出来事とは、硬膜を吻 合する針が紛失するという事態(おいおい大丈夫か?)。結局、紛失した針は床に落ちていたようですが、針が見つかるまでの手術場の右往左往というか、この針探しは普段手術場では目にしない光景で した。ある看護士は床にはいつくばり目視。別の看護士は血染めのガーゼを一枚一枚広げ確認。手が空いている看護士総出で探すという、実にドラマチックな場面に遭遇した訳です。年に何回か有るかどうか、その珍しい場面で.....

 この光景を部外者の 私が見るに、「金属探知機で探したら早くみつかるだろう」と軽く考えてしまいました。思うだけで口に出さなければ良かったものを。これが一ヶ月の悪戦苦闘 と いうか........... 針探知機をつくる事になったお話です。いや、そのまたサイドストーリーです(訳分らん)。

注:

 本文はアルコール中の血液濃度が低下した状態での記述のため錯語が頻発している可能性があります。適当に、好意的に読まれる事を希望します(昭和天皇的になってきた)


● 金属探知機


 金属探知機と言えば、最近 よく目にするのが空港の金属探知ゲート。それと、たまにニュースに出て来る地雷探知風景。私もイメージ的には地雷探知機のようなもので針を探せるのではと単純 に考えていました(金属探知機で針が探せるなら既に購入しているはず、そこまで考えていなかった私が馬鹿でした!)。さっそくWikiで「金 属探知機 - Wikipedia」を検索し金属探知機とはどのようなものかと調べてました。実は、知っていたのはBFO方式だけ、他にどんな原理のものがあるか全然知らなかったんです。金属探知機の歴史は思ったより新しいよ うです(詳しくはWikiを参照して下さい)。しかしWikiは便利ですね。でも記述は判るようで解らない.......

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A U.S. Army soldier using a metal detector, 

public domain photo from navy.mil,

navy.mil, public domain,

06:24, 12 March 2004,PD-USGov


● 最初はBFO


 金属探知機で一番最初に思 いつくのはBFO(Beat Frequency Oscillator)方式です。小学生向けの科学雑誌にも載っているオーソドックな方法(金属探知機の製作)。 これで針が見つかるか試してみました。

(簡単に見つかる訳あり ませんけど)

  最初に説明しておけば良 かったのですが、探す針の大きさは、一番大きい硬膜吻合用が約10mmで、血管吻合用が3.5mm、太さは髪の毛程度。これらは弓のように湾曲していま す。小さい方の針の重さを量ったら 0.5mgでした。


右が硬膜吻合用の針で、左の小さいゴミのようなもの(判るかな〜)のが血管吻合用の針です。

この小さな針を探す金属探知機を作ろうというのですから、いま思えば無謀だったようです。

 BFO方式は検知コイルと コンデンサーで共振回路を作り、検知コイルに金属が近づくと共振周波数が変化する性質を利用した金属探知方法です。最初に実際に探すべき針でどの程度 周波数 が変化するかを計測してみました。一番大きな硬膜吻合用の針を共振コイルに近づけたら約10Hzの変化がありました。一番小さな針ではまったく変化があり ません。 まあ、小さな針は無理でも硬膜用の針ならBFO方式で探せるかもしれない、と実際にBFO方式の金属探知機を作ってみる事に。

 問題は10Hzの周波数変 化は非常に小さくピート音だけではその変化が耳で感じられません。それなら周波数変化を電圧変化に変換し(F-V変換)、その電圧を増幅し、増幅した電圧を周 波数(V-F変換)に変換 したら10Hzの変化も確認できるだろうと。それで作ったのが下記回路です。

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 周波数変化を電圧変化に変 換するにPLLに使われる4046を使いました。検出コイルとコンデンサーで作った共振周波数と同じ周波数を4046のVCOで作り、その時の制 御電圧の変化を信号として使う訳です。アンプは増幅率が相当に高いのでACカップリングにしました。なので、この金属探知機は動か しなが らでないと反応しません。

上の方にある5個の黒いコアが検出コイルです(共振周波数は約100KHz)。

試験用なのでオフセット用のトリマーや増幅率を変更するトリマーが付いています。

出力にはもう一つ4046を使いVCOで音を作っています(LMC555を使う方法も:後述)。

遊びにも使えなかったのでケースには入れませんでした(この基板はジャンクボックスへ直行)。

● BFOは高感度、でも大きな問題が!


 結果ですが、BFO方式は 非常に高感度の金属探知機になりました。硬膜吻合用の針は確実に検出可能でした(ただし距離は数ミリ)。残念ながら小さな4mmの針はノ イズの中に隠れているよ うでまったく検出できません。それでも無いよりはましと実際に使ってみる事に。

 ところが大きな誤算。BFO方 式は高感度なのですが水分にもしっかりと反応してしまいます。乾いたガーゼに隠れている針は検知できるのですが補液(生理食塩水)や血液が付着しているガーゼに 針が無くても反応してしまい、全く使い物になりません。

 BFO方式は金属探知機 の原理を勉強するには悪くはないでしょう。でも今回の針探しにはまったく使い物にならない方式でした。それでも雑草の生い 茂った庭 に釘を置きBFO方式を試す事に。草がセンサーの近くに寄っただけで金属探知機が反応。BFO方式は遊びでも使えないもの でした。感度が高いのに残念です。


● 次は Pulse Induction Metal Detector


 次の方式として試したのが Pulse Induction 法です。これは誘導電流を利用する方法です(金属探知機の歴史をそのまま世襲。個体発生は系統発生を....)。誘導電流を利用する方法ですから誘導電流が流れない 水や血液等には反応しない特徴を持っています(持っているはず、たぶん)。この特徴は今回の目的に合った方法。BFO方式の欠点を補っています。

 この Pulse Induction Metal Detector が今日のメインのお話になります。結論から言えば、パルス誘導電流方式も今回の針探しにはまったく使い物にならなかった事を最初に言っておきます。でも遊ぶには面白いと いうか実用的なので今回の話題にしたと言った訳です。

 さっそくインターネットで Pulse Induction法を調べてみました。最近の金属探知機はこの方式を使っているのが多いようです。まずは原理や参考になる回路図を記載したWebページが無い かと検索しました。でも全然ありません。唯一見つかったのが「Pulse Induction Systems」で、Pulse Induction 法の原理が書かれていました。その記載によると探知コイルに パルス電流を流しコイルに発生する逆起電力減衰波形(減衰時間)が金属の有無で異なるということでした。

 その記述が本当なのか、ま ずは 実際に試してみる事に。下記グラフは直径20cmに0.8mm径のエナメル線を20回巻いたコイルに12V10μSのパルスを与えた時のコイル逆起電力、電圧減衰曲線です。

aaa

 左上がコイルの近くに金属 が無かったとき、右上がコイルの近くに金属を置いた時の減衰曲線です。そして左下が二枚のフラフを重ね合わせたものです。(当然ながら、この画像合成は CalendarMemoのMatrixCalculator機能を使っています)

 このように金属の有無で減 衰曲線が変化することが確認できました。要は検知コイルにパルスを加え、その後、一定時間後にコイルの逆起電力減衰信号をサンプリングすれば金属の有無が判る という訳です。そこでさっそく下記のような回路を考えブレッドボードに作ってみました。

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 検知コイルのパルス駆動に は秋月で購入したFETドライバのTND012NMを使っています。検知コイルを100Ωの抵抗でダンプし 異常振動を止めています(最初のコイルの作り方が悪かったようです)。更にダイオードでクランプし信号を±1V程度にします(実際に使用する信号は殆ど0Vに近いので)。

 次に比 較的高速が期待できるオペアンプ LM6361 で増幅します。信号の周波数は数100KHz程度なので汎用のオペアンプでは波形が鈍ってしまいます(あまり意味は無いですが)。この信号を2SK30Aを使ってサンプリング ホールドします。コイル駆動用のパルスとサンプリング用のパルスは、最初タイマー用のLMC555を使おうと考えたのですが回路が面倒だったのでPICで済まし てしまいました。PICですが200円程度なのでパルスを作る部品と考えれば安いものです(最近、楽をする事しか頭に無い)。

 このサンプリングした信号 を更にOP07とLM358で増幅しLMC555で作ったVCOで音にしています。電源は12Vで6VはLM358の余りを使って作っています。6Vは 5mA程度しか消費しないのでこれで十分と判断しました。


● ブレッドボードで動作を確認、次は実機


 試験回路がブレッドボード 上で問題なく動作したので問題点を改良し実機を製作しました。問題とは、検知確認をVCOの音にしたのですが、これが結構うるさい点。一つはICの数が多すぎる点です。また電源電圧の半分の電圧を作るのもオペアンプだけでは不安。これらを改良したのが下記回路図です。

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● (A)点の波形

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 検知コイル部の電圧波形。 コイル駆動パルスは約15μS。コイルの逆起電力は最大約25Vでした。考えていたより奇麗な減衰波形でした。やはりハンダ付けするとブレッドボードより奇麗な信号になります。コイル駆動には秋月で購入したTND012を使いました。通常のN-MOS FETでも使えます(その時はゲートの抵抗を300Ω程度に変更して下さい)。

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 検知パルスの繰り返し周波 数は1KHz弱としています。信号はサンプリングホールドするので繰り返し周波数はできるだけ遅い方が消費電力が少なくて済みます。


● (B)点の波形

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 検知コイルのパルス信号を 二本のダイオードでクリッピングした後の波形です。電圧変化はダイオードの順方向電圧である±0.8V以下になります。金属探 知機の信号として使うのは逆起電力減衰波形の終わりに近い時間なので問題はありません。使用するダイオードは汎用のスイッチング用です。ショッ トキーバリア ダイオードは内部抵抗が大きすぎ電圧が大きくなります。使えない訳ではないですが、わざわざショッ トキーバリア ダイオードを使うメリットもありません。


● (C)点の波形

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  ダイオードでクリッピングし た信号を比較的高速のオペアンプであるLM6361にて増幅した後の波形です。逆起電力の減衰が遅く鈍っているように見えます。これはダイオードでクリッ ピングした信号を数百倍に増幅したものであり、オペアンプの特性で実際に鈍った訳ではありません。初段のアンプに比較的高速のLM6361を使 用していますがLM308でも可能です(ただしオフセット調節は別に作りこまないといけません)。試しに色々と遅い汎用オペアンプも試してみましたがどれ も使えるようです(LM324でも使えるのには驚きました)。ただし上記波形のような奇麗なものにはならず、心情的には速いオペアンプの方が良いのではと 思 います(気分だけです)。


● (C)・(D)点の波形

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 青(D)波形はPICで作ったサンプリ ング用のパルスで2SC30Aのゲートに与える電圧です。検知パルス終了から約110μS後に10μSのパルスでサンプリン グしています。この検知パルス終了からサンプリングするまでの時間が短い方が感度が高くなります。コイルの巻き数や直径により減衰時間が変わります。色 々な種類のコイルを交換するならできるだけサンプリング時間を遅くするかサンプリング時間を変更できるようにした方が良いでしょう(コイルの巻き数 を増やすと減衰時間は長くなる)。ちなみに本試験ではコイル径が80mmでΦ0.8mmのエナメル線を30回巻いた検知コイルを使ってい ます。このコイルでは駆動パル数終了から70〜120μS後にサンプリングしています。このサンプリング時間はオシロスコープを見ながら決 めるのがベターだと思います。私の場合、PICの残りピンを利用しスイッチで4種類変更できるようにしています。


● (C)・(E)点の波形

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 青(E)波形はサンプリ ングホールド後のコンデンサーに充電された電圧をLMC662で増幅した波形です。このとき検知コイルの近くに金属を置いていません。パルス駆動か らサンプリングするまで、サンプリング用のコンデンサーの電圧が若干低下しているように見えます(少々気になる)。2SK30Aをアナログスイッチ に使うのが問題なのでしょうか。でも実用上は全く問題ありません。これも設計者としての気分の問題で、気になる方は4066等を使ってみて下さい (でも2SK30Aは便利というか捨てがたい。未だにソースとドレインの区別がつかない2SK30Aが好きです)。残念ながら4066は手持ちに無かったのでLF13331を 使ってみました。この電源電圧では2SK30Aより酷いものでした(まったく使えなかった)。

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 上記波形は検知コイルに金属を 近づけた時の波形です。検知コイルに金属を近づけるとコイルの逆起電力減衰波形が遅延しています。上のグラフとの違いが良く分ります。またサンプリング後の波形 であるLMC662の出力電圧も約1V上昇しています。この変化は(A)の検知コイルの電圧波形を見ても殆ど判りません。LM6361で増幅した後でようやく確 認できる変化です。


● (E)点のトレンド

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 最後に計測を 0.5S/div で見た時のLMC662の出力電圧を示します。検知コイルに金属を近づけると次第に電圧は上昇し離すと降下します。本機ではこの出力はLM339のコンパ レータを利用しLEDを発光させるようにしています。

 サンプリング後に LMC662で増幅していますが、汎用のLM358でも可能です。ただし上限が電源電圧まで届かないのが難点です。実際にはゼロボルトから1〜2V付近を 利用するので殆ど問題にならないと思います。手持ちの汎用オペアンプを利用した方が楽です。

 回路を見て判るよう、 LMC662の半分とトランジスタを使い電源電圧の1/2の電源を作っています。これがオペアンプから見たゼロボルトです。

  電源は乾電池8本の12V を想定しています。今回はニッケル水素充電池8本を使っているため電源電圧は10V程度にしかなりませんでした。この電圧でも十分に使えます。たぶん 006P の9V積層乾電池でも使えると思います(まだ電圧が下がっていないので不明、がんばる気力無し)。消費電流は15mA程度です。でも回路図には無い LM339を使ったLEDレベルインジケータがあり、8個全部点灯すると40mA程度まで上昇します。たぶん安物の単三電池でも十分使えると思います。あ と、回路図には書いていませんが余った場所に適当にコンデンサーを配置し電源ラインのインピーダンスを下げるようにして下さい。ノイズ対策には結構効きま す。ただし電源と電源の1/2Vラインの間にはコンデンサーを入れないように。


● Pulse Induction Metal Detector は遊びで使えるが!

(右側のLM339はLEDレベルインジケータ用です)

  上記 Pulse Induction 法で作った金属探知機を実際に試してみました。コンクリートの中にある鉄骨は簡単に検出できます。ベニヤに打った3cm程度の釘も軽く検出。金属以外には 反応せず、水があろうが血液が付着していようが問題なく金属だけに反応します。入歯にも問題なく反応。硬膜吻合用の針は何とか検出(実は間違い:後述)し ます。でも血管吻合用の 4mmの針にはまったく反応しませんでした。

 考えてみたら検知対象と なる金属にはある程度の誘導電流が流れる必要があります。針のような細長いもの、コイルから見た有効断面積が小さいもの、これらには不適であるということが判明 しました。実際、10円玉を検知コイルと平行に置いてあれば検出できるのですが検知コイルに対して直角に置くとまったく反応しません。よって、 Pulse Induction法を使った金属探知機は今回の目的である手術用の針探しには使えないだろうという結論になりました。よって廃案。

 で、不思議なのは検知コイルに対して垂直に置いた10円玉が検出できなかったのに、何でそれより小さく細い硬膜吻合用の針が検知できたのか。この経験が実際の針検知に大きく役立ってく れました(詳しい話は後述)。


 頭が良ければ実際に作らな くても調べただけで判るのでしょうが。こちとら生え抜きの凡人。実際に試し体験してみないと何が悪いのか。問題点が判らないのです。 それに「〜は出来ないと判断した」の根拠が「実際に試し〜の問題があるため出来なかった」と言いたいがために...... ちょっと弱いな.... そう本当は作ってみたかっただけです。


● 遊びなら安価に!


 Pulse Induction 法で作った金属探知機は実際の針探しには使えませんでした。でも普通に遊び用としては十分に面白い装置だと思います。本機はパルス発生にPICを使ったり高速オペアン プを使ったりアナログスイッチを使うなど、結構複雑な回路になってしまいました。そこでアナログスイッチ無し、パルスもコイル駆動用だけ。電源 も普通に使われている9V積層乾電池でできないかと考えてみました(ここからは仕事ではありません、単に遊びです)。

それにインターネット検索で Pulse Induction法を使った金属探知機の回路図が見つかるようにとの思いでこれを書いている訳です。


● 簡易型はサンプリングホールド不要


 前記の金属の有無と逆起 電力の波形変化を眺めると面白い事が判ります。Pulse Incuction法は検出コイルの近くに誘導電流が流れる物体が存在するとパルスによって生じ る逆起電力(誘導電流)の減衰が長くなる性質を利用しています。パルス後の一定時間が経過した後、電圧を計測し金属の有無を判定しています。でも「パル ス後の特定の時間」というのはサンプリングを前提にした計測方法のために必要な処理です。逆起電力の減衰波形はどの時間をとっても金属が有れば減衰時間 が長くなっています(本当は違うが)。そうなら減衰波形全体を使っても良いはず。

 そこで考えた簡易方式とい うのは、わざわざ特定の時間にサンプリングするのではなく減衰波形全体を使いサンプリングという面倒な処理を不要にした方式です。サンプリ ングが不要なのでパルスはコイル駆動用だけで済みます。また波形全体の変化を見るので細かな波形変化を再現する必要はありません。よって低速の汎用オペア ンプが使えます。またサンプリングの為のアナログスイッチが不要になります。更にアナログスイッチが不要という事は電源に高電圧は不要、9Vの電池が使える ことになります。以上のように逆起電力波形全体を使う事で相当に回路が簡略化され、安価な部品が使えるようになるでしょう。

 BFO 方式は鉄だと共振周波数が低下し、アルミや銅だと共振周波数が上昇します。この特性を利用すると検知した金属の種類を特定することができます。これに対し Pulse Induction 方式では誘導電流を利用しているため金属の区別ができません。これが欠点です。と、Wiki に書いてありますが、実はアルミや銅と鉄とではコイルの逆起電力波形が異なります。鉄では逆起電力の減衰が波形全体で遅延するのですがアルミや銅では初 期の時点で逆起電力の減衰が速いのです。ただし時間が経つと鉄と同じになります。これを利用し初期の減衰波形のプロフィールから検知金属の種類を特定でき ます。 残念ながらこれにはアナログスイッチを利用したサンプリングホールド機能が必要なので簡易型では検知金属の種類を特定する事はできません。

● Pulse Induction Metal Detector 簡易型回路図


 下記に簡易型回路図を示し ます。使用するICはパルス発生用にLMC555、信号増幅用にLM324、LED表示用のコンパレータにLM339の三個だけです。この簡易型回路のポイント は初段アンプが半波整流になっている点です。

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 検知コイルはΦ0.8mmのエナメル線を直径8cmに20回巻いて作っています。検知範囲を広く深くとりたければコイルの直径を大きくして下さい。BFO方式と 異なり比較的制限は弱いです。コイルの径を大きくしたり、巻き数を増やすとパルス駆動で誘導起電力波形は波を打つようになり奇麗にはなりません。できるな らオシロスコープで波形を確認しR1を決定して下さい。波形が振動しない最大の抵抗値を使えば感度が高くなります。もし波形が確認できないのであれば 150Ωと低い値を使って下さい(私はコイルに合わせ100Ω〜1kΩ程度を使っていま す)。

 コイル駆動用のパルスはタ イマーICのLMC555を使って作っています。パルス幅は10μSで繰り返し周波数は約2KHzです。繰り返し周波数を低くすると消費電 流は下がりますが感度も低下します(半波整流信号を平滑化しているだけなので!)。

 信号増幅用のオペアンプは 低速の汎用のものが使えます。私は一個のICに4つのオペアンプが入っている安いLM324を使いました。初段は帰還部にダイオードを加え逆起電力信号だけを伝えるようにしています。これを平滑し更に増幅しコンパレータでLEDを点灯しています。信号増幅の2段目の入力にオフ セットレベル設定用のトリマーを付けています。最初のLEDが点灯するかしないかのぎりぎりの所に設定します。

(簡易型は3個のICだけ)

 結果として簡易型はアナロ グスイッチを使った方法と感度的にも遜色ないものができました。と言うか殆ど差がありません。強いて言えば、簡易型はノイズが多い点でしょう。

 設計する方としては高速の オペアンプを使い、またアナログスイッチを使った方が感度が良さそうに思います(高級で格好がいいのではと思うのです)。でも安く簡単に高感度のものが 出来るというのも貧乏人には魅力的です。金属探知機の原理の勉強をしてみたいのなら最初は簡易型をお勧めします。飽きずに面白いと感じたら正式版というか 奇麗な波形が見れるアナログスイッチを利用した前記の回路を試してみて下さい。

左がアナログスイッチを使わない簡易型で、右がアナログスイッチを使った金属探知機です。


● 針探し、その後


 突然ですがメインの 金属探知機の話はこれで終わりです。でも今回の金属探知機を作るきっかけになった針探しの件が残っていました。前記したようPulse Induction 方式では検知コイルに対して垂直に置いた10円玉が検出できなかったのに、何でそれより小さく細い硬膜吻合用の針が検知できたのかという問題が残りました。調 べてみると新しい針では全く反応しません、古い針にだけ反応します。それも針が動いている時だけ反応するようです。実は古い針は無くすと困るので磁石にくっつけ保存 しておいた物でした。保存中に針が磁化されていたようです。検知コイルの上を磁化された針が動いたため検知コイルに誘導電流が流れ、それが偶然増幅され検 出された訳です。

 ということで昔のダイナ ミックマイクロホンを原理とした針検知器を思いつきました。可動コイルの代わりに固定した検知コイル。永久磁石の代わりの着磁した針です。針は強力な磁石 に触れさせるだけで着磁できます。そこで着磁用の強力磁石の周りに検知コイルを巻いておきます。その上を針が通ると針は着磁され、着磁された針の動きで検 知コイルに誘導電流が流れます。これを増幅するだけで針が判ることになります。実際に試したら一番小さい4mmの針も確実に検知することができました( これも金属探知機と言えるのでは)。


 問題が無かった訳ではあり ません。あまりにも感度が高いため1m離れたところで着磁したピンセットを揺らすと反応します。また静電気の影響もあり、装置の回りを歩いただけ でも反応しました。更にセンサーを動かすと大きな反応があります(たぶん部屋の中にも磁場が取り巻いているのでしょう)。これでは使い物にならないの でキャンセルする方法は無いかと考えました。解決策は目の前に、それはインターネットケーブル、より線ケーブルです。より線ケーブルが外来雑音 に強い理由は、「より」によって交互に磁界が反転するため、遠くの磁界は反転磁界にキャンセルされるからです。ということは検知コイルを偶数個使い。お互いに 巻き方向を反転させたものを使えば遠くの磁場変化はキャンセルされてしまうはず。実際に試したら装置の振動や遠くの磁場変化の影響を奇麗にキャンセルする ことができました。残りは静電気です、これもよく考えたらアルミや銅の比透磁率は空気とほとんど変わりない1です。ということはアルミのケースに入れても 空気のケースに入れたと同じ環境ということになります。そこでアルミのケースに入れてみました。結果、感度はそのままで静電気の影響は奇麗に無くなりました。

 以上により針探しは金属探 知機ではなく針が出す磁場の変動を見つけるダイナミックマイクロホン型の検知器で解決した訳です。


● 針探し、その後:特許が取れるかも(ワクワク編)


 この針検知器、ひょっとし て特許が取れるかもと調べてみたら。既に同じ原理のものが未審査ですが公開されていました。天国から地獄、捕らぬ狸の皮算用、これだからハード作り は堪えられません。面白いですね〜(グスン)。


● 針探し、その後:イリョウ?で使われていた


 既にあるということは.......何に 使うのか興味が湧いてきました。そこで発明者に直接電話をしてみることに。会社に電話したら、残念な事に発明者は会社の社員ではない事、某大学の教授で退官され、 既に亡くなられたとの事でした。その後、会社でも事業は中止したとの事でした。で、同じような事をなさっている会社は無いかと伺ったら2社紹介してい ただきました(親切な会社です)。気をとりなおし紹介された会社に電話、話を伺ったところ既に針検知器として商品がある事。何に使うのかと聞いたら衣料関連で、衣料品の中に紛 れ込んだ針を探すときに使うとの事でした。同じ「イリョウ」で使っていたとは驚きです。で、病院関連に売った事があるかと尋ねたら「聞いた事が無い」。手 術用の小さな針が検知できるかと尋ねたら「判らない」と正直に答えてくれました。更に、手術用の針探しに興味があるかと尋ねたら非常に興味があるとの事。交渉したらさっそ く針検知器を貸し出してくれる事に(神様みたいな会社です)。

 現在、借りた針検知器と私 が作った装置と比べ問題点というか改良点を探している所です。私が作ったのは手術針探索専用として作ったので感度は高いようです(そのために作った物ですから)。製品版は、感度は若干低いようで、一 番小さな針では検知できたりできなかったり。でも振動や静電気に影響される事はなく安定度は抜群です(さすが製品として売るだけの事はあります)。改良し手 術用の針探しに特化させれば十分に使えるのではないかと思います。


● 針探し、失敗編


 Webページに書く記事は成功した面 白い所しか書かないのが普通です。でも、その裏では相当に面白い失敗・挫折が沢山あるはず。面白いので、裏話を2〜3を紹介しましょう。


○ 方位磁石:原始的方法

 

 一番小さな針を方位磁石に 近づけたら磁石が動く事に気が付きました。方位磁石を多数配置し、その動きで針の有無が判るのでは。そう思い、試しに数個の方位磁石で試したら期待通りの反応。でもその 動きが止まってくれません。針を遠ざけても動きっぱなし。オイルダンプされた方位磁石(ビーパルのおまけ)なら振動しないだろうと試したら。反応が鈍い、 元に戻らない。そうこう考えているうち大きな問題が。磁石を並べるのは良いが検査対象のガーゼを上にかざしたら方位磁石が見えなくなる。こりゃ駄目だとい うことに。

 でもオイルダンプされた磁 石がマイクロカプセルに入っていたら。このマイクロカプセルを塗った布を検査対象に掛ければ何処に針が隠れているか直に判るでしょう、将来性はありそうです。でも磁石が 入ったマイクロカプセルなんて病院で作れる訳が無い。業者に依頼するにも金がない。事業として将来性があれば頼めるのだが手術場の針探しで、日本の6千の病院 のうち1割が買ってくれたとしてもたったの600件。これじゃ採算が合わないだろう。別の利用法が見つかるまでペンディング。というより今回に関しては廃案。


方位磁石:電子的方法?

 

 針が磁石に反応するならそ の反応を電子的にピックアップできるだろうと圧電素子を使う事に。まずは圧電スピーカー(ブザー?)の金属膜に小さな強力磁石を接着してみました。

 すごい感度、一番小さな針 を近づけるだけでもすごい反応を示します。これは使えるかも、と色々実験したら、第一に振動に弱い。ちょっとした振動に大きく反応。偶数個反転させ同じ振動をキャ ンセルするよう配置しても駄目でした。第二に検知範囲が狭い、これが廃案になった最大の理由です。磁石は点(モノポールじゃないよ)のため磁力は距 離の二乗に反比例。針が少しでも遠くなると全く反応せず。4mmの針だと探知距離5mmが限界のようです。探知距離が5mmでも無いよりはまし。でもノイズが 大きいというのは難点です。よって廃案!


泣かぬなら泣かせてみよう IH編


 Pulse Induction 法で挫折した後に考えたのが「誘導加熱法」です。これは電磁調理器の上に針が入っているかもしれないガーゼを置くと誘導加熱される金属の針だけ高温になるはず。輻射 温度計の温度変化で針の有無が判るだろうと考えました。どれほど熱くなるか、まったく加熱されないか、さっぱり判らず。どうしようと考えていたところ。手 術場は火気厳禁、もし高温になったら大変、ということで廃案。でも電磁調理器が3千円程度で購入できる事が判りました、安いですね。残念ながらまだ購入してはいませ ん。

 Pulse Induction 法で試した有効断面積の関係から推測すると、クリップのように電導体がループし閉じている場合には誘導電流が流れると思うのですが針のように断面積が小さいと 大きな電流は流れないだろうと。でも面白いので嫁さんがIH調理器を買ったら試してみようと思っています。ひょっとしたら.........


泣かぬなら泣かせてみよう音 波編


 誘導加熱法の熱が駄目なら 音があるさ。ということで電磁力で針を振動させ、その振動を音波として捉える事ができるのではと考えました。実験したところ低い周波数(10Hz)の電磁力で針を振動させることに 成功(目視で確認)、さらに45Hzで振動させると倍の90Hzの音が聞こえます(これはマイクで計測)。針励起用の周波数の倍で同期検波すると確実にキャッチできま した。

 問題は音源が点であるこ と。そのため音圧は距離の二乗に反比例、非常に弱いのです。普通のマイクロホンでは少しでも離れると検知できません。そこで距離に影響しないマイクロホン は無いかと探してみました。探すと有るのですね、スパイ関連の機器に、レーザー盗聴器がありました。当施設には光学系の実験設備は無いのでレーザーの代わり に超音波を。どうせ探すのはガーゼに入った針。針が動くならガーゼも一緒に動くはず。ガーゼなら超音波でも反射してくれるだろうということで超音波式のマ イクロホンを作り試してみました。ばっちり成功。1m離れても奇麗にガーゼの振動をキャッチできます。これで使える、と色々と試験をしていたら大きなミスに 気が付きました。それは針を動かす為の誘導コイル。これには数Aの電流が流れるのですが、どうもコイル自体も電流によって振動しているようです(固めたコイルも自分の電 磁力で動く)。最初に気が付かなかったのはマイクの感度が悪かったためで。それと信号の有無を針の有無ではなく電磁誘導のオンオフで調べていたのが原因で した。要は針の動きなのかコイル自体の動きなのか区別がつかないという落ちです。よって音波編も廃案。

 それでも得たものは多いで す。一つは超音波マイク、後で何かに使えそうな気がします。もう一つは久しぶりに作った同期整流回路。久々に使ったのですが本当に感度が高いというか電源 周波数が50Hzで、すぐ下の45Hzの信号を奇麗にとらえます。Qの高いフィルターは同期整流というかロックインアップが最適だと改めて認識しました。

 ちなみに、これには電波編もあります。秋月から購入したXバンド・ドップラー、でも電波はガーゼを素通り、反射しないので即廃案。


泣かぬなら泣かせてみよう重 量編


 熱も音も駄目なら重さがあるさ、という事で次に試そうとしたのが重量計測方式。針の重さは0.5mgで、そのまま計ったらガーゼに染込んだ水分の蒸発と殆ど差が見られないかもしれません。でも電磁力で針を上下に動かせば電磁力の有無 で重さの違いが計測できるはず。これを同期整流すれば針の有無が判るだろうということに。院内で電子天秤を探したら臨床検査科に使っていないものが一台ありまし た。最小目盛りが 0.1mg、 これは使えるかも。でも電子天秤の装置自体が磁気に応答するようでは針の重さを計っているのか装置外部の影響を計っているのか判りません。音波編と同じ 問題が起こる可能性があるな〜と思いながら全てが駄目だったら試してみよう、とペンディング。結局は前記マイクロホン式で針の検出できたので廃案。


● 最後に


 ここ1ヶ月、ひょんな事か ら針探知機を開発する事になりました。半分は仕事、もう半分は趣味みたいな感じで楽しみながらの作業。病院は患者さんの治療をするだけではな くこんな面白い事も試しているんです。エンジニアの方も就職先に病院研究施設というのも選択肢の一つにいかがですか。

 実はこの針検知器と平行し て術中の出血量を推定する装置(手順)の開発も行っています。出血は補液・洗浄液・灌流液と一緒に吸い上げるので混ざってしまい吸い上げた量だけでは簡単に出血量を推定することができま せん。そこで・・・・・・ 暇になったらこの件も書くかもしれません。予定題名は「小学生でもわかる出血量推定」になるかな?


Nishimura Hiromi